ヌルヌルの深海魚「シャチブリ」を食べる
相模湾の魚から始まった僕の魚類収集。今や日本各地の魚たち僕の元へやってくるが、最近は深海の魚との出会いが多い。
去年は築地市場でオニヒゲとアラスカメヌケを入手したし、深海魚漁が盛んな静岡県沼津市にも行った。2017年はまさに深海魚の年だったと言っても過言ではないが、中でも特に印象に残っている魚がいる。
それが愛知県のシャチブリだ。
ブヨブヨの深海魚
シャチブリはシャチブリ目シャチブリ科に分類される深海性の魚で水深150~500mに生息する。
見た目はソコダラっぽいが、鱗を欠き全体的にヌルニルとして柔らかく、腹鰭は糸状、口は下方へ飛び出るなど特徴的な形質を数多く持つ。この見た目に加えてシャチブリというインパクト大な名前をしているため、一度出会ったら忘れない魚と言われている。気になるシャチブリの由来だが実はまだ知らない。
こんな唯一無二の存在であるシャチブリにも近縁種が存在し、シログチシャチブリやヒョウモンシャチブリなどが知られている。といってもシャチブリ以外のシャチブリ科はほぼお目にかかることはほぼないのが現実だ。
シャチブリ科の多くがレア魚である一方、シャチブリ種は底引き網でよく見られる定番の魚で時として大量に入網する。小田原周辺では時々に刺し網にかかり、数年に一度大量に漁獲されるようだ。また、稀に浅海域に出現することが知られており、実際、ダイバーにより撮影された写真がネットで公開されている。
奇天烈で神出鬼没な深海魚シャチブリ。食卓には程遠い魚のように感じるが、実はこの魚が食用として流通する地域がこの日本に存在する。
シャチブリが見たいなら愛知県へ行くべし
愛知県蒲郡市は競艇以外にも深海魚で有名な町であり、一色漁港や形原漁港では漁期中に様々な深海魚を見ることができる。僕も去年、この2港を地元の仲買人の案内で見学させていただき、これまでにないくらいの深海魚を手に入れることができた。
一色漁港、形原漁港の面白い所は、一見すると売り物にならないような魚たちまでセリにかけられているところだ。シャチブリなんてほぼ価値のない魚だがどちらの漁港でも見ることができた。
もちろん、シャチブリのみのトロ箱はなく、雑魚を詰め込んだセット、通称「混ざり」として売られる。値段は二束三文だが、買い手は少ないようだ。
ちなみに一色漁港のすぐ隣には「一色さかな広場」が併設されており、朝市では誰でも競り落としたばかりの深海魚を含む海産物を買うことができる。中にはお宝が眠っていることもあり、食用としてだけでなく、標本収集の場としても魅力的な場所だ。
僕も滞在中、「一色さかな広場」を何度か案内していただいたが、多種多様な深海魚を買い漁ることができた。
シャチブリを食べる
蒲郡市で深海魚を満喫した僕であったが、後日、仲買人の方からのご厚意で新鮮なシャチブリを送っていただけるという。数日後、到着した発泡スチロールを開けると中には6匹も入っていた。
この時、シャチブリを食べるか標本にするかの二択は僕に委ねられていたが、シャチブリなんて普段の生活では見ることのできないレア魚。本心では標本にしたいところだ。しかし、家の中でシャチブリを見て改めて思ったが地味にデカい。僕が所持する標本瓶にはもちろん入らないし、かといってこの大きさが入る容器とエタノールを準備するのは資金的にも厳しい。
そんな理由で恐る恐るシャチブリを食べてみることにした。市場へ出るということは一応、食用として扱われているということ。もしかすると見かけによらず美味しいかもしれない。
調理の前にした処理を行うが、シャチブリには鱗がないため、この点にいたってはかなり楽な魚である。内臓を取るために腹部に包丁を入れようとするも、ヌルヌルしていて上手くいかない。渋々、キッチンバサミを使用して肛門から鰓孔までに切れ目を入れて取り除く。
まず、目に付いたのは白くて大きな肝臓。色も綺麗で匂いもないので早速、刺身と一緒に食べてみることにした。
刺身
まずは鮮度を活かした「刺身と肝」。
見た目からして普通ではないが、触感も変わっていた。一言でいうとヌルヌルしていて柔らかいのだ。外側がヌルヌルなのは魚あるあるだが、この魚は内側もヌルヌルしている。
身に含まれた膨大な水分の中に、微かな白身魚を風味を感じるがヌルヌルが敗因となり、旨いとは言えない。一方、肝は普通の味をしていてなかなか美味であった。
スープ
次はシャチブリ料理の定番?「シャチブリ汁」でいただく。以前、どこかのサイト様でシャチブリを汁物にして食べていたのを思い出して作ってみた。シャチブリ汁の詳しいレシピは覚えていないが、概ねこんな感じだろう。
シャチブリの影響で汁ごとヌルヌルになるが、「なめこ汁」を啜っているのだと思えばなんてことはない。汁に入っている半透明のものは頭部の骨。ここはコリコリしていてシャチブリの中で一番おいしい部位であった。
煮付け
これまでの料理はシャチブリそのものの味を楽しむものであったが、ここからは積極的に味を添加していく。まずは深海魚料理の定番である煮付けを試してみる。
醤油、みりん、酒、砂糖、水で作った煮汁にシャチブリを投入。てっきり、グズグズと身が崩れてしまうかと思いきや、予想は大ハズレ。皮は剥がれてしまったものの、身はしっかりと形を保っていた。
コラーゲンによるものなのか独特なヌルヌルがあるものの、身からはしっかりと魚の味を感じとることができる。煮汁との相性も良く、普通にうまい。この感じノロゲンゲにそっくりだ。
丸焼き
ここまで3品作っているが、シャチブリはまだまだ残っている。
シャチブリは鮮度の低下が早い魚なので出し惜しみしていると次々と腐ってしまう。そこで、ちょっと豪快に丸ごと1匹使って塩焼きを作ってみた。水分が多いせいで焼くとこのように小さくなってしまうのが残念だが、一方でうまそうな香りが漂ってくる。
しかし、実際に食べてみるとほぼ無味である。加えて、ヌルヌルが生の時に比べると増幅されており、シャチブリの良くないところを顕著にさせてしまった。塩焼きという調理法自体はお手軽だが、シャチブリには向かないようだ。
干物
最後は干物して食べてみる。うま味に欠ける魚や水分の多い魚を食べる時は水分を抜くのが王道であり、シャチブリも干物が突破口だと思われた。
強めに塩と胡椒を振って冷蔵庫内で乾燥、あまり長く置いとくと衛生上よくないため、ほどほどに乾燥させて完成とした。乾燥前のヌルヌルは全くといっていいほど残っておらず、口に入れてもヌルヌルすることはない。噛んでいると魚の味が感じらるし、悪くはないといったところだろうか。
ただ、ここまで原型がないとシャチブリである必要性が感じない。総合的にみると煮付けがシャチブリ感と美味しさを両立していて個人的にはお気に入りである。
今回、シャチブリと初対面にして初の実食となったが、色々な意味で期待以上であった。正直、うまい魚ではないが工夫次第では十分食べられることが分かっただけでも大きい。もし、シャチブリ料理で「これはうまいぞ」というのがあればこっそり教えてほしい。