真っ赤な鎧を着た深海魚ヒゲキホウボウを食べる

最近、沼津の深海底引き網漁船に乗せていただく機会が2月に一度ほどあり、先日も電車とバスを使って行ってきました。いつもは標本用に魚を確保することが多いのですが、たまには食べてみようということで今回はヒゲキホウボウという魚を食用として持ち帰ってみました。なぜ数ある魚のうちからヒゲキホウボウを選んだのかと言うと見た目が美味しそうだったからです。
ホウボウ科ではない
持ち帰った魚たちの一部。お馴染みのメンツが多い。
ヒゲキホウボウはキホウボウ科ヒゲキホウボウ属する深海性の魚類です。名前に”ホウボウ”と付きますが私たちがよく耳にするホウボウはホウボウ科に属します。どちらのグループも体色が赤色系統で似た印象がありますが、キホウボウ科はホウボウ科とことなり体が鱗ではなく固い骨板で被われることや下顎に髭を持つことから明らかに区別することができます。
新鮮なヒゲキホウボウは赤みが強くて綺麗。こう見えて結構デリケート。
なお、ホウボウ科と同じく胸鰭に遊離軟条がありますが、ホウボウ科はこれが3本なのに対してキホウボウ科は2本です。他にもホウボウ科の魚は浅海域で見られる種もいますがキホウボウ科は主に深場で見られることが多いです。このヒゲキホウボウも例外ではなく水深190m~760mの海に生息します。
本種はキホウボウと並び深海底引き網ではよく見られる普通種です。数こそは多いものの食用になることは少なく小売店はおろか市場にでることも稀です。ただし、近年未利用魚の活用や深海魚が流行しているので一部地域では流通しているかもしれませんね。実際、キホウボウやモヨウキホウボウなんかは小売店で売られている地域もあるそうです。
似た種が多いので注意
キホウボウ科の魚は世界中の深海に生息し6属47種が有効種とされていますが、日本からはなんと20種ものキホウボウ科が記録されています。特にヒゲキホウボウ属は豊富で有効種すべてが日本から記録されています。キホウボウ科の魚類は似た色彩・形の種が多く同定がやや難しいですが、今回のヒゲキホウボウは比較的優しく、他のキホウボウ科と容易に区別することができます。
キホウボウ科の魚はほぼ頭部だけで日本産は同定できる程、頭部に情報が集中した魚です。まず、注目したいのは前鰓蓋骨に顕著な棘があるかどうか、これがあることによってキホウボウ属の魚とは区別することができます。次に注目したいのが吻突起と呼ばれるキホウボウ科を特徴付ける形質の1つです。ヒゲキホウボウでこの吻突起が大きな正三角形であることが特徴で、一部のキホウボウ科を除きこの形質だけで識別できてしまいます。ナンヨウキホウボウは本種に似た吻突起を持ちますが形が二等辺三角形であることが特徴です。
他にも下唇と下顎にある髭の数と一番長い髭の分枝数も特徴的です。ヒゲキホウボウは髭キホウボウと呼ばれるだけあって(詳しい由来は知りませんが)髭の数が同属他種よりも多い傾向があります。下顎の髭は通常3対と決して多くはないのですが、下唇の髭が通常6~8(通常7)であること、一番長い髭(下唇の一番外側の髭)の分枝数は22~39とかなり多めであることからナンヨウキホウボウを除く同属他種と区別することができます。
ヒゲキホウボウを食べる
この魚を食べる機会はなかなかレアかもしれません。前日に漁獲されたばかりの生鮮個体なのでどんな料理でも美味しそうですね。捌き方ですがいきなりから包丁を使うとやりにくいのでキッチンバサミであらかじめ切れ目を入れておくと三枚に卸しやすいです。三枚に卸せたら包丁で皮を剥きます(この時、骨板のトゲトゲで手をケガしないように注意)。
お刺身
今朝、獲れたばかりの超新鮮個体なのでまずは刺身でいただきます。先程の三枚に卸したものを適当に切れば完成。綺麗な白身で皮目に脂のようなものが見られますね。
見た感じはかなり期待できそうでしたが、いざ食べてみると思いの外あっさりしており旨味は強くはありませんでした。身の質感はホウボウ科の魚と比較しても全くの別物です。ただし、決して不味いわけではなく少し物足りないといった感じ。ついでに髭も生で食べてみたのですがつぶ貝みたな味がして美味しかったです。
汁物
赤くて硬い魚から旨い出汁が出ないはずがないということで汁物にしました。頭部・肝臓・肉すべてを使用したものでなかなかいい出汁が出ている。吻突起の間から汁を飲むと特にうまい。
ヒゲキホウボウは深海底引き網船に乗れば必ずと言ってよい程の普通種です。もし見かけた場合には食べてみてほしい。最近では深海魚のネット販売も充実しているのでそういったサービスを利用すれば容易に手に入るのではないかと思います。ただし、深海魚は鮮度の落ちが早いので食用にするのであれば鮮度管理に注意しましょう。